♯V 小さな芽

青い空が広がっていました。とても綺麗な空です。
紅い森がありました。とても密度の高い森です。
紅い森の中に、人が大昔に作った幅が太くて長い灰色の道がありました。
そこを通ると、やがて道が開けて、景色も開けました。
するとすぐ目の前の地面が無くなっていました。
そこは、巨大な黒い谷の崖の縁でした。急角度でとんでもない高さを落ち、谷の対岸までも、同じほどの距離がありました。
黒い谷の奥に、小さな小さな双葉の芽が一本だけ出ていました。
種が、何かの理由で運ばれて、偶然に黒い谷の中に落ちて発芽していました。
谷の奥だったので少し日の光が薄いのですが、それでも小さな小さな双葉の芽は光を浴び、たまにしか降らない雨を吸収していきました。
小さな小さな双葉の芽は誰にも知られる事はありませんでした。
小さな小さな双葉の芽は誰にも妨げられる事はありませんでした。

季節が移り変わり春が訪れました。
小さな小さな双葉の芽はすっかり成長し、美しい小さな小さな黄色い花を咲かせていました。
美しい小さな小さな黄色い花は、風に拭かれました。
風は、少し暖かったです。
美しい小さな小さな黄色い花は、誰にも見られることはありませんでした。
誰にも見られることはずっとありませんでした。

青い空が広がっていました。とても綺麗な空です。
緑の大草原がありました。草は伸び始め、冷たい風が緑の海に波を起こしていました。
地平線に小さな建物がポツリと建てられてありました。
なだらかな三角の屋根を持ち、二階建てのようでした。上と下に大きな窓があります。
建物の外装は、上から下まで鮮やかな蒼色に塗られていました。
蒼い建物の裏に、小さな小さな双葉の芽が一本だけ出ていました。
種が、何かの理由で運ばれて、偶然に蒼い建物の裏に落ちて発芽していました。
蒼い建物の中から一台の機械人形が出てきました。若い女性の顔をした機械人形です。
機械人形は、じょうろを持っていました。
機械人形は、しゃがみこんでじょうろにたっぷり入った水を、小さな小さな双葉の目に与えていました。
小さな小さな双葉の芽は機械人形に知られていました。
小さな小さな双葉の芽は機械人形に妨げられる事はありませんでした。

季節が変わり夏が訪れました。
小さな小さな双葉の芽はすっかり成長し、美しい小さな小さな蒼い花を咲かせていました
美しい小さな小さな蒼い花は、機械人形に見られました。
機械人形は、微笑みました。
美しい小さな小さな蒼い花は、機械人形に愛されつづけました。
機械人形にずっと愛され続けました。

青い空が広がっていました。とても綺麗な空です。
荒野がありました。茶色の大地には僅かな草木しか生えていません。
その先に、ある国の高い赤い城壁がありました。
赤い城壁は、レンガで建てられておりその一つ一つのレンガには彫刻が刻まれています。
城壁の隅に、小さな小さな芽が一本だけ出ていました。
種が、何かの理由で運ばれて、偶然に赤い城壁の隅に落ちて発芽していました。
何処かの国の兵隊が、ある国に向かって行進してきました。紫の軍服を着た兵隊です。
そして大きな戦車が何台かありました。
戦車は、大きな弾をぶっ放しました。
城壁がぶっ壊れました。
砕けたレンガが小さな小さな双葉の芽の上に落ちました。芽が少し潰れ、さらに進んできた戦車のキャタピラに完全にすり潰されました。
小さな小さな双葉の芽は誰にも知られる事はありませんでした。
小さな小さな双葉の芽は戦車に潰されました。

季節が変わり冬が訪れました。
ある国はすっかり破壊され、小さな小さな双葉の芽もその痕跡すら見られませんでした。
空は、灰色を帯びていました。
荒野には何も咲いていませんでした。
ずっと何も咲いていませんでした。

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